“ ハイエクの議論では、情報と知識は厳密に区別されます。新古典派経済学ではこの両者の境目は曖昧です。ハイエクの主張に従えば、情報を解釈するためにはそれ相応の知識が必要となるわけですが、実際には「知識の成長」が「情報の膨張」について行けない状態です。ここまでは、ハイエクの議論は正しかったと言うことができます。 ですが実際の市場でいちいち自分で判断することをやめた個人投資家たち、あるいは当初から考えないままに市場に参入した人々が頼るのは「投資のプロ」です。格付け会社の発表や、証券アナリストが重視されたり、投資信託が売れたりするのは、複雑化した市場で人々が深く考えることを放棄して、他人に依存した結果であると言うこともできます。 これは皮肉なことに本来、並列分散処理システムであるはずの市場社会に、集権的な情報処理システムが成立したことを意味します。多くの人々は、少数の投資のプロに追従したり模倣したりして、人々は自分の頭で考えているようでいて、実は情報のプロによって簡略化されたシグナルに従って一斉に行動していることに過ぎなくなります。 こういう状況で市場は、過熱する時には
\”ハイエクの議論では、情報と知識は厳密に区別されます。新古典派経済学ではこの両者の境目は曖昧です。ハイエクの主張に従えば、情報を解釈するためにはそれ相応の知識が必要となるわけですが、実際には「知識の成長」…\”
3月 24th, 2009
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